広島市佐伯区(五日市)、廿日市市の賃貸、不動産(売買)は島根不動産TOP > ブログ > カープ観戦記 2013 【孤高の侍 前田智徳 引退】
2013年10月 4日 18:23
先週、念願のクライマックスシリーズの進出を決めた広島東洋カープ。
盛り上がる広島ではありましたが、その数日後の9月27日の午後。
孤高の侍、前田智徳選手が24年間の選手生活に別れを告げ、バットを置く決断をしました。
思い返せば、前田という選手を初めて目にしたのは、もう20年以上も前の中学生の時でした。
雨の中のヤクルトとの開幕戦で、初のスタメンで1番バッターであった前田は、ギャオス内藤投手から先頭バッターホームランを放ちまし
た。
そして、ここぞという場面で、ヒットやホームランを放ち、私はいつの日か前田信者となっておりました。
また、若手の頃、北別府投手の投げる試合で、センター後方へ後逸し、その後の打席で逆転のホームランを打ち涙を流す試合がありま
したが、試合後のヒーローインタビューを拒否したという話は有名な話です。
常に3割を超えるアベレージで、順風満帆だった彼の選手生活に、1995年、苦難が降りかかります。
アキレスけんの断裂。
この怪我からはじまった前田選手の野球生活は、苦難の連続でした。
一つの怪我が、体のバランスを崩すのかは分かりませんが、もう片方のアキレスけんも断裂し、また肉離れなどもおこし、甲子園球場で、
足を引きずりなんとか三塁に到達する場面など、怪我に泣かされた選手でした。
「前田智徳という選手は死にました」や「今、プレーしている選手は前田智徳の弟です」など、様々な言葉で自分を語っておりましたが、
そんな怪我の多い選手生活で、2000本安打を放つ選手となり、私たちに前田智徳という独特のオーラの魅力に引き込ませる選手でし
た。そんな、魅力ある選手が、見られなくなるとは非常にさびしい気持ちでいっぱいです。
いろいろな方のブログなども拝見していると、皆が皆、前田選手に惹かれていたのだなと思い、元カープの鈴川トレーナーのブログは
涙が出そうになるほどの文面でした。
そんな、もう見れなくなってしまう前田智徳選手の最後の引退試合に駆けつけたかったのですが、同じように考えるファンは多くいるのは
あたりまえで、チケットはすぐに完売となりました。
しかし、NTTクレドの前で、パブリックビビューイングで観戦できると情報を仕入れ、仕事帰りに会場に向かいました。
1500人ものファンで埋め尽くされた会場は、最後の前田智徳選手を目に焼き付けようと、大型ビジョンにくぎ付けでした。
そして、8回裏に代打前田がコールされると、「まえだ~!まえだ~!」の歓声が至る所から響きわたりました。
結局ピッチャーゴロに終わりましたが、9回の守備で、前田智徳選手は、マツダスタジアムでの最初で最後の守備につきました。
今できる最大限の守備で、9回を終え、感動の引退セレモニーで前田智徳選手は『一途に』という言葉などを残し、グランドを後にしまし
た。
花束贈呈の場面では、マエケンも顔を崩して泣き、まわりのファンも涙を流しておりました。
私もさすがに涙を我慢できなくなり、広島市の中心で涙を流してしまいました。
最後に一言、
「前田選手。FAで主力選手が次々に抜かれるカープに残り、一途にカープでプレーしてくれてありがとう。」
前田選手の引退試合の感慨にふけりながら、家路に向かったのですが、さすがに夜になると夜風が寒く、体が非常に冷えたので
すが、それでも途中にビールを買って夜の特番に備えました。
その前に風呂に入ろうと思い、お風呂に浸かりました。
しかし、既にお湯はぬるくなっていましたが、我が家の追い炊き機能のバスが非常に役立ちました。
っというわけで、しんみりとしてばかりでは、クライマックスシリーズで勝ち上がれないので、
追い炊き機能の付いた物件のご紹介です。
こんなに、追い炊き可能な物件があります!
↓ (クリック! こんなに \(@@)/ )
お問い合わせはこちら
水曜日(1月下旬~4月上旬までは無休営業
カテゴリー
最近の投稿